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タカシの場合 [ミニ小説]

タカシがカズキに会ったのは、その年の夏だった。
仕事で失敗したことで降格し、婚約者との関係も最悪になった。胃が痛み、眠れない夜が続き、酒しか受け付けない日々が続いた。

そんなとき出会ったのがカズキだった。

1つ言っておくならば、カズキは精神科医であるということだ。

原稿用紙10枚くらいになるだろう僕の症状を、カズキは堅苦しい単語と数種類の薬で片付けた。

3回ほどカズキの病院へ足を運んだあと、僕とカズキは偶然渋谷で会った。

官能的でありながら、互いの欲をおさえる鉄壁でもある本当の白衣は、もちろんない。

「患者とは、つきあわない」

神泉のバーで、そうカズキは言った。

そのあと僕たちは、そのバーに程近いカズキの部屋で夜を明かした。

それっきり僕は、もうカズキの医院にもカズキの家にも行っていない。どうあれ、もう患者でなくなることをカズキは知っていたのだろう。

そしてその年の冬。
会社で元のポジションに戻った僕は、結婚の準備を進めている。先の婚約者、とだ。

そうだ、もう1つ言っておかねばならない。いや、正確には言いたいこと。

僕は「僕」であり、カズキは「彼」である、ということだ。
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