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サクラの場合 [ミニ小説]

サクラの季節は、嫌いだ。
「関係者の方はこちらに名前と会社名を記入してください。」
しまった。機材の入った袋をおとしてしまった。

「大丈夫?すみません、彼女、ぼくの同僚なんで。」
「名前だけ記入してもらっていいですか。」
「わかりました。中川、下の名前、サクラだったよな?」

彼は、同期の塚田…そう、慎吾。社内の女性みんなが憧れている塚田慎吾。私もひそかに、憧れている…?

ともかく、その塚田慎吾と新商品のポスター撮影に立ち会うことができるのだ。

「大丈夫?」
「うん、大丈夫…」
「カメラ。」
赤面。下を向いたままだからバレてはいないだろうけど…自分のことを気遣われたのかと勘違いしてしまった…。

「もつよ。現場、こっちね。」
「ありがとう」
「でさ、サクラでよかったんだよな?下の名前」
え、うん。
「姉貴と同じ名前なんだ。」
あ、そうか。思わず顔をあげると塚田慎吾の綺麗な顔が…あれ、違う?

「今日はよ・ろ・し・くね。慎吾。」
塚田さくら。今、人気の女優だ。彼女こそ今回のポスターのモデルである。
「あ、塚田って…」
「慎吾の会社の人?」
今度は女性の塚田慎吾が近づいてくる。いや、あれ?
「そう、中川、サクラさん」
「私と一緒の名前ね!慎吾の姉のさくらです。よろしくね。」
「あ、はい…よろしくお願いします。」
私はドキマギしながら交互に2人を見比べる。どちらを先に見始めたのか、わからない。

でも仕事になると、不思議と冷静になれた。そして塚田さくらは撮影になると、女優の風格と美しさで周囲を感嘆させた。塚田慎吾は、うん、いつもと同じくカッコいい。

「はい、おつかれさまでしたー!」
塚田さくらは、次の仕事が控えているらしい。さすが、売れっ子女優だ。それでも衣装のままパタパタとかけてきて「おつかれさま。慎吾をよろしくね、サクラさん。じゃ、慎吾、行くね」と姉らしい印象を残して去っていった。

「さすが女優さん。綺麗だなぁ。同じ名前でも雲泥の差ね。」
「…姉貴はずっと女優を目指していたんだ。」
「あれだけ綺麗ならそうよね。」
「綺麗じゃなくったって、女優になりたいと思っていたよ。…さくらサクってね。」
え。

顔をあげると、塚田慎吾の背中が遠のくところだった。

家のPCで「塚田さくら」と検索してみる。最新主演映画についてのインタビューが目に付いた。そこには「塚田さくら」は本名だということ、人前で表現することが純粋に好きだということ、外見のイメージだけの役柄で演技力に悩んでいたこと、そしてこう締められてあった。
─つらいことがあっても、「さくらサク」と自分を元気づけてがんばっているんです。

私は、ずっと自分が嫌いで「サクラ」という名前も嫌いだった。勉強だけは仕事だけはがんばろうと思ってずっと一生懸命だった。でも…今の仕事はそうでなくても好きなんだ。
「中川って、仕事のときは堂々としているよな。」
入社して2年目の春、塚田慎吾がそう言ったのだった。そして、彼のことも…好きなんだった。きっと、ずっと。憧れじゃ、ない。

それから1ヵ月ほどして、また塚田慎吾と同じ現場に立ち会うことになった。

今度はしっかり機材を持って、はっきりと言った。
「私がサクラサクのを待っていてくれないですか?」
でも、やっぱり顔はあげられなかった…。
「…待たない、かな。」

予想はしていた。
「なんで、待っていなくちゃいけないの?」
え。

「顔、あげて。」
目の前のサクラは満開だった。

「今でもいいんじゃないの。」
塚田慎吾の笑顔が見えて、そしてぼやけて。サクラ色に染まった。
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